便
(2001年版)

便-No.018 (2001年12月1日号)


写真:  霜;冬将軍ももう間近。
      これも“自然の恵み”の一つです。
      農場にて、11月 29日 AM 7:20

  火入れの授業
 野菜の料理とは、大地のエキスを含んだ野菜からその風味を引き出す
ことです。  繊細な野菜からエキスを引き出すには、火の通し加減の
的確さと精密さが要求されます。弱火でじっくり火入れし、エッセンス
が空気中に霧散しないようにしなければなりません。  そのために、
料理人はまず見張らなければなりません。 それがテクニックです。
 料理をする上で一番大事なのは、鍋の底で起こっていることを自分の
目で見てとる能力です。

 素材は刻々と変化します。 それを目で見て、手で触れて確かめられ
なければなりません。 いつも鍋の中をみていること。 両手でいつも
鍋を触って温度を確かめていること。 ・・・・
     ・・・・・・・・・・・・・
もちろんストーブのどこが一番熱いか、今はどの程度で、必要な温度が
得れるのはどこかをわかっていないといけません。  そうやって目と手
から温度情報を得ながら、鍋を移動させるなどして、温度をコントロール
していくんです。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上は別冊専門料理 スペシャリテ Vol.2 2001年秋号(柴田書店刊)
の中の一節です。

 私は料理は全く出来ません。 でもこの記事を見たとき、ゾクゾクっと
背筋にナニかがハシるものを覚えました。 野菜に限らず、全ての料理の
神髄をみたような気がしたのです。 いえいえ、料理に限らず、あらゆる
“仕事の神髄”を言い得ているように思いました。

   TV 番組『愛の貧乏脱出大作戦』のなかの『達人』は
   この“神髄”を伝えようと懸命に心をくだいておられ
   るのがよくわかった気がします。


もう一つ:::
この本の写真の驚嘆する見事さ!!
この世のものとは思えぬほど!!! 

 ↑決してオオゲサではありませぬ。 
  ハンパじゃぁありません。
  本物の料理よりも、“メッセージ”が伝わってきます。
  料理人、写真家、印刷技術者、そして、そのコーディネター柴田書店
  の魂がぶつかりあって、競い合って出来た作品、という気がします。
  
料理番組のテキストなどとは一線を画した、驚愕、入魂の一冊。 決して、
易しい“料理書”ではないようですが、写真がイッパイ、、サラッとなが
めるだけでも、さまざまなエッセンスが満載でした。 

 ワタクシ、決して柴田書店のマワシものではございませぬ。が、あまりの
感動に、『師走、早いものでもう一年が・・・・。』などという12月恒例の
ご挨拶を忘れて、ツイツイ、ご紹介したくなりました。
ちなみに、たまご料理の本ではありません。
  詳しくは当該書籍をご覧ください。

   ※柴田書店へは、当サイトリンクページよりジャンプできます。

便-No.017 (2001年11月1日号)


写真:ゆったりとした一段飼いで、
   朝日を浴びてゆっくりとお食事中。
   11月 1日 AM:7:50

最近の日本の養鶏事情;ますますモノスゴイことになりつつあります。
一農場で100万羽が“生き残れる羽数”になりつつあるようです。
つい5、6年前ぐらい前までは、鶏が10〜20万羽いればヤッテいける、、
と言われていましたが、今や、その10〜20万羽級が100万羽経営の軍門に
下り始めたようです。

完全に白旗を揚げるか、あるいは、10〜20万羽級は100万羽経営農場から、
卵をある程度購入することを条件に、自分の(10〜20万羽)販売テリトリー
を荒らさないように頼み込む、、、といった手法まで現れたようです。
   こうした手法がいつまで続けられるのでしょうか。  
   100万羽経営の“思うツボ”といった気がしますが。
10万羽、100万羽いずれににしても、ウィンドウレス鶏舎(*)が前提となって
います。    〈(*)当サイト内参照〉 

さまざまな資材の進歩、あるいは‘合理化’がこうした超高密度飼養経営を、
そしてたまごを安価ならしめたことは言うまでもなく、消費者のみなさまに
は福音といえましょう。 そのことを否定するつもりはありません。


ちなみに、ワガたかはしたまごでは1万3000羽。
その違いを、当サイトでご納得いただければ、ワタクシ、嬉しく思いますル。

 
今後は、1〜2万羽クラス、100万羽超クラスと二極分化され、前者どうし、後
者どうしの競合となるようです。  特に、私ども前者どうしの競合は激しい
ものとなりましょう。   そのことは、消費者のみなさまには、選択肢が広
がることであり、好ましいことといえましょう。

  ぜひ、たしかな眼で、“本物”を選んでいただきたく存じます。

便-No.016 (2001年10月1日号)

念願の井戸が完成しました。
 (たかはしたまご便り No.015 参照)
旧来の井戸は地下30m の水脈でした。
それなりに“おいしい水”ではありましたが、今度は115m。
いやぁ〜、違います。全然ちがいます。

とにかく、“ウマイ!!水”。

専門家の話だと、30m 位の深度だとまだ表層水(雨水)だが、幾層も粘土層を
越えて、100mを超えると表層水は全く混ざらす、数百年前のローム層形成時の
水だそうです。それだけ長期間地下層を通ってきた、ミネラルを豊富に含んだ
水だそうです。 もっとも通る層によって、水の品質(味)が変わるのだそう
ですが、この井戸の場合はたまたま、ではありましょうが、妙なクセがなく、
たいへん良質な水のようです。  
保健所に水質検査を依頼しておりますが、取りあえずモンダイなさそう。

ワガたかはしたまごでは、このオイシイ水に更に、特殊セラミック&磁気フィ
ルターにて波動処理を行い、人間にも、鶏にも、さらに健康によい水となって
おります。

セールストークでは、あえて“波動”には言及しませんが、とにかく、健康に
良いこと、そして“自然の恵み”は、なんでも積極的に採り入れて、より良く、
おいしいたまごにするように、今後とも、努めていく所存でございます。

便-No.015(2001年9月1日号)

写真:撮影 8月24日
   サク泉堀りヤグラ、高さ約10m
   掘削先端部;直径150mm 重さ約900kg

ようやく、恐怖の夏が終わったようです。
それにしても、今年の夏前半はすさまじかった。
8月になってからの35℃が涼しく感じた。

昨日のテレビ:北極の平均気温の上昇が、他地域に比べ10倍も高くなっている、
とのこと。 そして、そのことがエスキモーの人たちの生活を脅かしている
(氷が薄くなって、安心して猟に出られなくなりつつある。)という。
厳密にはそれが、自然現象によるものなのか、人間の活動によるものなのか区別
は難しいという。・・・が素人考えでは、地球上の膨大なエネルギー(石化燃料)
の消費量からすれば、どうみても、人間のシワザとしか思えない。、、とすれば、
我々の石化燃料に頼った便利な生活が、彼らの生活を脅かしていることになる。
・・・???・・・    なんだか、申し訳なく、憂鬱なキブン。

まあ、ムズカシイ話はおいといて、とりあえず、ワガ家のニワトリたちは、なん
とか持ちこたえ、たいした夏バテもせずに元気を取り戻しました。

、、で、そのニワトリたちへのゴホウビとして、“更においしい水”をプレゼント、
と思い、より深い井戸を掘ることにしました。 専門家に相談したところ、当地で
は、とりあえず100m〜120m位が最深でそれ以上掘っても水脈は無い、とのこと。  
(膨大な資金をかけ、更に深ぁ〜く掘ればハナシは別だろうが。)

、、で、さっそく堀り始めました。     ★さく泉堀り:写真参照★
さすがに専門家。 予言とうり、いくつかの水脈を通過して、110m で潤沢な水脈
にアタルことが出来ました。 この位の深さになると、数百年以上昔の水で、今の
地表の雨量等は全く関係ない本物の地下水だそうです。 

そう、ワガ家のニワトリの飲水は数百年以上昔の、天然のミネラルウォーターです。
さらに、ガンバッテくれることでしょう。

便-No.014(2001年8月1日号)

写真:我が家も亜熱帯?
   8月2日 PM 2:30 

今朝のテレビ:
 東京が亜熱帯化しているそうな。
 亜熱帯で生息している植物が、東京の植物園で大量に自生しているそうだ。
 このままいくと、東京でマラリアの発生の危険性もあるとか。 都会特有の、
 ヒートアイランド現象だけでは、説明がつかない現象だそうです。 そう、
 やはり地球温暖化現象。  このHP でも再三述べましたが、日常の仕事の
 なかで、マサに、実感しております。
    (たかはしたまご便り No.012  養鶏日記 No.022,023)

 そういえば、我が家の庭の、シュロの木がこの3〜4年で急成長(写真)。

、、で、どうする??

   ・温暖化防止のため、エネルギーを節約すれば、→不景気。

   ・景気を良くする→無駄遣いの奨励→地球温暖化の促進。

今、理想論を言っても仕方ない。後者しかないでしょう。。。 
、、、とすると、温暖化促進、、そして


 亜熱帯東京の街路樹にバナナが自生。‥‥‥自由にとって食べられる!
                 (↑今朝のテレビ)

  いやぁ〜、極楽、ゴクラク??? ??? ???

便-No.013(2001年7月1日号)

写真:品質本位のおいしいお食事を口いっぱいにほおばって。。。
   たかはしたまご鶏舎にて。   6月26日 AM 9:00 

サイト公開一周年を迎えて
 小林一博先生、柴田書店、当 H.P のご来訪者の方々、メールをくださった
方々、他多くのみなさまのお世話になりながら、当 H.Pを公開して、はやくも
1年が経ってしまいました。   
 みなさま、ご支援、本当にありがとうございます。
 ただ“たまごを販売する”だけの H.P ではなく、“私:たかはしたまご”
の考え方をお伝えして、ご理解いただきたくて・・・の一心で開設したH.P で
ありました。  カウント数3500と多くはありませんが、みなさまにまじめに
ご来訪いただき、まじめに読みとっていただいていることが、いただくメール
からひしひしと感じられ、当初の目的が、ご理解いただきつつあるように思え
て、たいへんうれしく、また感謝、感謝のこのごろでございます。
 もちろん、励ましのものだけではなく、なかにはキビシイお叱りのメールも
ございました。 しかし、こうしたお叱りメールとのやりとりの中にも、先方
さまの、すばらしい考え方、方法論をご教示いただき、たいへん勉強させてい
ただきました。  重ねて、御礼申し上げます。

 さて、世の中デフレ、、、とか。 世の中、物価がさがりつつある(??)
そうですが、ワガ業界関連の仕入物資は全くソンナ兆候は全くございませヌ。
それに加えて、中国からのたまご輸入をひかえ、たまご相場がますますさがり
そうであり、養鶏場はますます生産原価の引き下げをせまれられております。


 サイト内でも再三述べさせていただいておりますが、こうした無理な生産原
価の引き下げは、ともすると、養鶏場経費の過半を占める、飼料費引き下げに
走りがちとなります。 そのことは、とりもなおさず、
    
    ・生産性の追求のあまり、鶏に無理な産卵を強いる。
    ・たまごの“おいしさ品質”の低下につながる。

こととなりましょう。  価格競争、そして、たまご取引のなかで、“おいしさ
品質”が評価されず、ただ、“1キロいくら”という“相場”で評価されてしまう
現状では、大勢としては、やむを得ないことなのでしょうか。

 しかし、“たべもの”であるたまごが、そうした安直な原理原則だけでで生産
されて良いものなのでしょうか??

 この点が、“たかはしたまご”の開発、発想の原点でもありました。 こうした、
無理な競争に組みすること無く、経済合理性優先即ち、生産者側の都合ではなく、
たまごをご利用いただく、みなさまの側に立って、“自然”に立ち帰り

     市場のたまごに満足できず“おいしいたまご”を
     望まれるお客様の声に応える。

ことをテーマに、そしてまた、当 H.P を通して、さまざまな情報、意見を発信し、
また、メールを通してみなさまのご意見、ご要望等を伺いながら、これからも、
研鑽を続けていく所存でございます。

  今後とも、ますますのご支援を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

便-No.012(2001年6月1日号)

   忍びよる地球温暖化!?

 5年ほど前まで、盛夏のころ咲いていた花(ホリホック)が、次第に早く
咲くようになり、今年はとうとう、梅雨前に咲いてしまいました。
地球温暖化の一環でしょうか。 

なんだか、不気味。
  
  
写真:ホリホック。 5月30日 PM 1:30 鶏舎傍で。

 “開発”“経済効率”の名の下に、あまりにも自然を無視した、人間の行為
 に対しての、かみさまの警告ではないのでしょうか。

ナンテことをいうと、経済効率だけを追求している人たちに、笑われてしまう
のでしょうねェ〜。

 ・20年建設された鶏舎(古いけど、自然環境を最大限取り入れるスグレモノ。
  鶏住環境的には、最新鋭のウインドウレス:窓なし鶏舎よりスグレモノと
  思っている)では、当時は送風機は必要なかった。(自然換気で十分だった) 

 ・次第に温暖化し、10年前、22列のうち、隔列に送風機が必要になった。

 ・ 5年前、すべての列に送風機を入れなければならなくなった。

 ・そして今年、ただの送風機では間に合わず、クーリング機器が必要な様子。

というわけで、年々温暖化していることを実感しています。
、、で、この先、5年後、10年後、、、どうなるんでしょうか・・・???

便-No.011(2001年5月1日号)

    力強く、“大地の恵み:自然の恵み”
風薫る5月、人にもニワトリさまにも、一年で最も快適なとき。
自然界の、あらゆるいのちの、もっとも活動が活発なとき。
黒岩農園でも、彼の独特な有機農法により、あたたかい陽光をいっぱいに
浴び、さまざまないのち:作物が、力強く、元気いっぱいに育っています。 

 この自然の活力をを少しでも多く取り入れるため、ワガ、たかはしたまご
では、鶏舎は、単純な構造ながら、さまざまな工夫がなされています。それ
は、最新技術を駆使し、ニワトリを貨物のように、多段に積み上げ、経済効
率を最優先させる、現在のウィンドウレス(窓なし)鶏舎(倉庫?)とは全
く違った方向のものです。  

 現在の、大型養鶏場の主役である、このウィンドウレス鶏舎は、大量生産
の立て役者であり“たまごは物価の優等生”としての、それなりの成果をあ
げてきました。

 が、しかし、
“たまごは物価の優等生”、すなわち、安価であればいいのでしょうか。
いえいえ、安価なたまごも必要でしょう。  しかしながら、この安価なた
まごに満足出来ない人たち、あるいは、“たかはしたまご”を初めて食べて
“たまごってこんなにおいしいものだったのぉ〜!”と驚嘆の声をあげる方
が、たくさんおられることも、はっきりとした事実なのです。

 こうした人たちに、さらに、納得していただけるたまごにするためには
どうしたらいいのか?・・・・ 

 十年間、いろいろ試行錯誤を続けましたが、結論は、大学等研究機関の研
究成果にはありませんでした。  冒頭に述べた、
   “自然の恵み” をエサに、環境に、最大限取り入れること。
これしかないようです。

   研究機関等の研究では、経済合理性の追求では、すばらしい成果
   があるのですが、私が考える‘おいしいたまごの要件’を研究し
   ているところは内外を問わず、あまりないようです。
    (最近では、ボチボチ散見するようになりましたが。)

 それは、先の、ウィンドウレス鶏舎に代表されるような経済合理性を、
ときには、犠牲にしなけらばならないのです。  そんなに安価でなくとも
いいから、とにかく、安心 & おいしいたまごが欲しい、、、そんな方たちへ
のメッセージとして、たかはしたまご はこれからも、みなさまの信頼に応え
るべく、全力を尽くす所存でございます。

 黒岩農園の大根:写真のような、、大自然の活力を手本として・・・・。

   ★★★ 詳細は、サイト内をご覧ください。 ★★★

便-No.010(2001年4月1日号)

    スローフード運動
 IT の発展が、あらゆることが、より速く、より手軽にという方向に動いて
いて、ともすると、手間ひまをかけて、味わいのあるものをつくることが軽ん
じられ、大量生産で均質化されたものを重用する傾向がある。 
食の分野でも同様だろう。

 マクドナルドに代表される、ファストフードはその極みといえるのではない
か。 こうした傾向は、

  ・大手企業の論理、効率優先の論理が優先され、人の手で、職人的
   に作られる良質の食品が消滅し味覚文化が低下する。

  ・こうした、均質化した味で育つと、使わない筋肉が衰えてしまう
   ように、味を見分ける能力が衰えてくる。

  ・上質の素材を生み出す環境がなくなってくる。

  ・こうした、大手企業における衛生管理手法である HACCP は、さら
   に小規模生産を排除し、上述の傾向に拍車をかける。

といった作用をもたらす。

 こうした傾向に対し、地域に根ざした食文化を守ろう、という運動が食文化
の国、イタリアで産声をあげ、世界各国で静かな広がりを始めたのが“スロー
フド運動”だ。  これはただ単に“ゆっくり食べよう”というのではなく、
上述のような傾向に歯止めをかけ、現代に生きる私たちに“食”というものを
もう一度考え直そう、という運動だ。

 以上は
   柴田書店刊 別冊専門料理 スペシャリテ vol 1 (2001年春号)
 の要約です。(文責:高橋) 詳しくは当該書籍をご覧ください。

  
   写真:“自然の恵み”太陽光がつくる、自然の営み。
    生き物には、この自然のエネルギーが必要です。

   撮影:3月27日 PM: 2:00

便-No.009(2001年3月1日号)

 本稿 No.007 で、IT について記述しましたが、私がご指導をいただいている経営
コンサルタント小林一博先生の著作の中から、最近、その答えの一端をかいま見る思
いをしております。 詳細についてご希望の方は、下記バックナンバー等をご覧いた
だければと存じますが、いずれも、非IT, 反IT ともいえる内容です。 
 【以下7項まで、柴田書店刊‘月刊ホテル旅館’誌2000年8月号からの
 “異業種に学ぶホスピタリティ”と題する連載の中から内容を表したものです。】

@会長のひらめきによる、業界常識外の顧客志向製品開発。《いせや》
A顧客、商品を大事にするホスピタリティ。       《たかはしたまご》
B働く人相互の、地域顧客との思いやり、温かいふれあい。《サウスウェスト航空》
Cたかがオタク相手、だが顧客志向の強い真摯な経営姿勢。《イエローサブマリン》
D既成概念という、人の心の内にある、目にみえない壁。 《MK タクシー》
Eなじみ客、なじみの店員という、昔ながらの商法を確立。《ノードストローム》
F『小原庄助さん』コンセプト。            《天山》

G経営不振で大手が続々撤退していく中、大型IT 投資を
 せずに営業マンと顧客との接点を大切にし、その結果、
 今では関東No.1 の、若き社長率いる菓子問屋。     《虎屋商事》 
H地道に、魅力的なDMを出し続け、圧倒的な信頼を築いた《フレッシュサービス》
I一見不要にも思えるが、優秀なドアマンを配置する。  《帝国ホテル》
                        (いずれも敬称略。文責: 高橋)                                         
 いずれの会社も、日頃の定型業務ではIT化を進めておりましょうが、売上の原点と
なる部分……顧客との接点……では、決して、IT 化を急がない、否、きっぱりと否定
すらしていることがわかります。 これらは、日本中をおおう、大量生産、大量販売
が招いた質の低廉化(小林一博先生)に対してのアンチテーゼともいえましょう。
そして、こうしたことには未だIT の入り込む余地のないことを意味している、と言っ
てはいい過ぎでしょうか。 

  IT 技術の、さまざまな利用法開発、すざましいビジネス化がはかられるなか、上述
のような会社経営に限らず、われわれ庶民の生活でも 、ともすると、IT 過信状態に陥
りやすい社会環境になりつつあるように思います。
 IT 化によってなにが出来る、できないではなく、なにが本当に必要か、という観点
から、時には、便利さの誘惑を排除する勇気が必要なこともあるのではないでしょうか。
一人ひとりが、しっかりと地に足をつけて、人とひととの豊かなふれあいのために。
      (たかはしたまご便りNo.007 参照)

  《小林先生、柴田書店両 H.P、当サイトリンクページよりジャンプ出来ます。》

  
  写真; 黒岩農園育苗室にて。2月18日 AM11:00

  “自然の恵み”
     愛情いっぱいの自家製自然堆肥に、
     太陽のエネルギーをいっぱいに受けて。
     ……しっかりと大地に根を張り、春はもうすぐ……

便-No.008(2001年2月1日号)

 2月、8月、“ニッパチ”、昔から商売は繁盛しない時期、、だそうです。
ワガたかはしたまご はといいますと、やはり、繁忙とは言いにくい状態です。
“時流を読め”“時流を捉えろ”“時流のせいにするな”…ご指導いただいてい
る経営コンサルタント小林一博先生から常々云われていることです。 が、時流
に逆らうのも、なかなか至難のワザ。  時流、、言わずとしれた不景気のこと。

 でも、最近、わたしどもの取組みが、徐々にではありますが、みなさまにご理
解をいただきつつあり、確かな手応えを感じております。 テーブルエッグとし
てして他にいくらでも安価なたまごが氾濫しているなか、いろいろ試された方が、
    “ようやく本モノのたまごに出会えた。”
    “たまごってこんなにもおいしいものだったの?!!”
といってくださる時、私どもの至高のよろこびの時でもあります。 

 また、差別化、こだわり、と称して、サイト上にも、さまざまな“特殊卵”が
出回っています。 ‘みごとな黄身の色’‘はしでつまめる’といった見せかけ
の品質を誇示するではなく、安心、安全、そして本モノの“おいしさ”のために、
    “大量生産に背を向けて”、
    “自然の恵み”
にこだわり続けた私どものメソッドを、少しでも多くのお客さまに、ご理解いた
だけるよう、地道な試みを積み重ねていくことが、私どもの仕事と、肝に命じて
いる今日このごろでございます。

    今後、さまざまな機会をとらえて、プレゼント企画
    (当サイトトップページに発表)を催す予定です。 
    ぜひご利用くださいませ。
                        
  まだまだ寒い日がつづきますが、草木はもう春。

  
   撮影日 1月25日 AM 7:30

便-No.007(2001年1月1日号)

   新世紀に想うこと
 森首相のI.T 提言に始まり、I.T バブル崩壊(ある実業家談)で終わった
2000年でありました。 世の中イロイロ、I.T,I.T ‥‥‥。ケイタイ、モバイ
ル、インターネットetc,etc、、、。 どれもが、人々を便利にするツールで
ありましょう。    しかしながら、、、どこかおかしい‥‥‥‥。

 こうした電子デバイスによってもたらされる、溢れるばかりの便利さととも
に、失われゆくものは何か、についても真剣に考えなければならない時が来て
いるのではないでしょうか。
 決して、技術の進歩に後ろ向き、というのでは全くありません。 
技術的に可能です、こんなすごいことも出来るようになりました、というのが
進歩なのでしょうが、そのこと全てが、本当に必要なのでしょうか。 中には
技術的に可能なことでも、必要のないこと、あるいは、やってはならない事も
あるのではないでしょうか。    
 例えばインターネット。 国では、年少者までもインターネットを使えるよ
うに、ということを考えているようですが、小中学生がインターネットを使っ
てどうなるのでしょうか。 もちろん、禁止すべき、とは申しません。 好き
な人はやればよい。 しかし、人間のもっとも成長するこの重要な時期、もっ
ともっと大切なことがあるはずです。 そうしたことをさしおいて、少なくと
も、国の施策として行うべきことではない、と考えます。 本当に必要ならば
インターネットの習熟ぐらいは、後でも可能です。 現に、いまインターネッ
トを駆使し、活躍している人たちも、小中学生のときにはなかったはずです。 

 むしろ、日本がI.T 関連で、技術立国として世界の中で主導的地位を確保す
るためには、たとえば、小中学生のうちに、二進法、十六進法の概念等の教育、
習熟をおこなう方がはるかに有効なはずです。
 
 現況では、インターネットの進歩で益するのは、確実に、それを利用する関
連の会社(の利益)であり、われわれ庶民は、過剰なまでの便利さのなかで、
知らず知らずのうちに、何か重要なものを失っているような気がしてなりませ
ん。 
 
 時として、医学、生命科学の分野で倫理が問われるのと同様に、今までは、
進歩、進歩でやってきたI.T 技術ですが、新世紀2001年は、われわれ個々が、
   技術の進歩とともに失なわれゆくもの、についても考える元年、
とすべき、と考えますが。 いかがでしょうか。