たかはしたまご養鶏日記
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No.27〜32 2001年10月〜12月

たかはしたまご養鶏日記 No.032 2001年12月22日

   続・シロが死んだ。……シロの思い出……
‘思いやり’のある犬だった。
鎖を解き放つとき、‘遠くに行くなよ’と言えば、
決して遠くへは行かず、大きな声で名を呼べば、必ず帰ってきた。
太りめの重たそうな体を、ヨッタヨッタさせながら、
‘戻ってきたよ’というように、鼻を、私の足もとにすり寄せてアイサツをした。
鎖をつなごうとすれば、
‘つないでください’というように、首を、私の足もとに差し出した。
忙しかったりで、少し邪険にあつかうと、寂しそうに私をみつめた。

食事のとき。
どんなものでも、たとえ一口でも、必ず、私はシロに分け与えた。
お肉、さしみ、うなぎ、ケーキ、とりわけカレーライスが好きだった。
もっとも、普通はドッグフードだが、これが、なかなか口がウルサい。
少しでも気に入らないものは決して食べず、悲しそうに私をみつめた。
おいしいものをゲットしたときには、満面喜々として、私をみつめた。

お客さんと。
ほとんどのお客様に好かれた。
‘シロはどこ?’・・・と“ご指名”は毎日のこと。
なかには、わざわざシロのために“お食事”をつくって来てくださる人もいた。
そんな時の、あの、、満面、全身、豊かな表情。。。。。

  多くのお客様が、そんなシロの死を聞いて
  本心、涙してくださった。
  墓に手を合わせてくださった。

しあわせなシロだった。  9年、短すぎた、いのちだった。

そんなシロにはムスメがいる。
2000年 1 月 1 日 午前 0 時生まれ、 なまえは “さち”。

たかはしたまご養鶏日記 No.031 2001年12月12日


写真:さざんか
  農場近傍にて 12月10日 AM 11:30

 シロが死んだ。
推定生後二ヶ月で、我が家にゲッソリと痩せながら迷い込んできてから9年間、
躾、訓練の類は一切やらなかったが、常に、人の心を先読みして従順に行動し、
また驚くほど言葉が解り、皆に、ささやかなシアワセをもたらしてくれた。
お客様にもきわめて人気の 高い “看板ムスメ” だった。

持病のてんかんの発作が原因のようだ。
時々発作をおこした。 
前回の発作時は、かなり重篤だったが、懸命の想いで胸腹部をマッサージし、
なんとか命をとりとめた、、、という思いだった。

昨夜、不意に外に出たがったので、出してやった。
いつになく寒かった。
いつもは、ジキに戻って来るのだったが、とうとうその夜、戻ってこなかった。
不吉な予感をしながらも、戻ってきた夢をみた。

今朝、、、戻ってはいなかった。
もしかして、、と不吉な思いを抱きながら探すと、
おそらくは、自らの死を予感し自ら選んだのであろう、農場内の畑の片隅で、
前回の発作時苦しんだのと同じ姿で、しかし安らかに横たわっていた。
霜草の上に、まだ、かすかな温もり。
胸腹部をマッサージしてやれば、もしかして助かったのか!!!。。。。。。


今夜はささやかな、お通夜。
・・・・おい、シロ!!  起きろ。もう一度立ち上がれ!!!・・・・ (涙)
  
    背中をなでながら、
    ある種、親父の死の時よりもこみ上げるものが多い。  
    たかが犬 とお思いでしょうか、、。。。。。。。。

    犬は受けた恩を決して忘れないという。 
    しあわせそうな、安らかな寝がおだった。
 
  シロ、皆にシアワセをありがとう。 そして、
  生まれ変わってもう一度私のところへマヨイ込んで来ておくれ。。。

たかはしたまご養鶏日記 No.030 2001年11月26日


写真:我が家の紅葉“自然の恵み”
       11月25日 PM 1:30 農場近傍にて。

 世の中には、“中庸”が多すぎるように思います。
とりわけ政治の世界。 経済、社会生活のなかでも。
意見の違い対して、タシて2で割って決着、、双方が勝利宣言、
みたいな。。。

 例外が多々あるのは勿論ですが、議論を“中庸”で決着(妥協する)
すべきではないことが多いはずです。 それを中途半端なプライドの
ために妥協してしまっている。。。   政治的配慮? 政治決着?
 …“それが世の中”といってしまえばそれまでなのですが。…
いえいえ、それはプライドなどというものではないでしょう。 
ワタシ流にいうならばそれは、単なる“自己チュウ”どうしの妥協の
産物、、、とでもいいましょうか。

  もっとも、中には意見の違いなど聞く耳を持たず、一方的に“思い”
  を押しつけ、カッコをつけ、それがプライドと信じているヤカラも
  いるようですが、こんなのは論外。
    (まぁ、自己満足の範囲なら許されましょうが。。)

 プライドどうしのせめぎ合いから導き出される真の正論の多くは、双方
同じ結論にたどり着くはず、と考えます。   なぜなら、私たちはこの
“自然”の中で生きて、生活していかなければならないのだから“正論”は
最終的には“自然の摂理”に収れんすべきものであり、“自然の営み”に
反するような結論は、本来あってはならない、と考えるからです。
 
 ↑黒岩氏の農業の話を聞いていると、こうした思いがフツフツとわき
上がってくるのでした。

そう、、黒岩農園もワガ たかはしたまご も“自然の恵み”が原点です。

たかはしたまご養鶏日記 No.029 2001年11月14日


写真: かぶ:可食部は、土の上に座っていました。
       土の中にモグっているのかと思ってイタ!!
          (↑黒岩氏に笑われタ!!)
      
    ……お肌の手入れ怠れど、味は最高
          一皮むけばもち肌美人 (黒岩氏作)……

撮影:11月13日 AM.11:00

 黒岩農園、冬野菜を仕込み中。

彼の“有機農業”を聞くたびに、われわれがフツウに有機栽培、と簡単に
いっていることが、いかに浅薄なものかを痛感します。

例えば‘発酵’。
養鶏場が鶏糞の処理に使う鶏糞発酵機、なるものがあります。
そのメーカーではこぞって、‘性能’のよさを競っています。
曰く、ワガ社のは…羽分の処理をするすばらしい‘性能’があります。。。
ところが、そのほとんどが、◯◯日間発酵させて熱を上げて、温度が出な
くなったら完了。 さらにヒドイのは熱があがればヨシ、、、。
温度は高く上がれば上がるほどヨシ。 (最高で80度位までは上がるそう
です。)その‘性能’というのは、いかに温度をはやく上げて、鶏糞処理
のスピードを早めるか、というものでした。
    鶏糞の処理に頭を悩ませている養鶏場には、
    ジツに魅力的なセールストークなのです。
     (‘処理機’ということでは正解なのですが・・・)
     ( 肥料としては??・・・・・・・・     )
そして出来上がったのが、曰く『‘完熟発酵たい肥’デス?ということ
でした。

いや、ハズカシながら、じつは私もそんなモン、と思っていました。
ところが、彼の話では、‘完熟’発酵にするには温度(80度:高すぎても
ダメ)と発酵の終わらせ方が最も重要とか。  上述の‘処理’のスピード
を誇示するようなやり方では‘完熟’にはならない、あるいは、発酵が進み
すぎて肥料効果が無くなってしまうそうです。  
詳細なハナシを聞くと、ウ〜ン、納得!! 目からウロコ。。。という思い
でした。


 本当の完熟有機栽培で、作物がウマく生育すると、害虫等も寄りつかなく
農薬などは必要ないそうです。 農薬の必要性を説くような場合は、生育が
あまりよくないそうです。  
  そういえば、鶏も同じ。 元気な鶏には外部寄生虫はつきません。
  毎年同時期に殺虫剤を散布しなければならない、畑、養鶏場ではきっと
  成績は良くないことでしょう。   


 そして彼は、更なる完璧をめざし、私に新たな有機肥料の‘共同開発’を
もちかけてくれました。 もちろん私は断る理由などありません。  
イエイエ、実は‘共同開発’というのはおこがましいハナシ。 私はほんの
チョット機材を提供するだけ。 彼のノウハウでさらにすばらしい有機肥料
ができることでしょう。

 そんな彼のつくる本物の有機野菜、ワガたかはしたまご直売処でも、この
ところ、人気急上昇です。  特に、土、日曜日には、こうした“ホンモノ
有機野菜”、そして“たかはしたまご”をお求めに遠方から、多くのお客様が
やって来られます。
きのうは火曜日、でもこの野菜は売り切れてしまいました。

   やはり、お客様はホンモノを知っておられるようです。

たかはしたまご養鶏日記 No.028 2001年10月29日


写真:『丸益西村屋』ホームページより

 先日、お世話になっている小林一博先生のご指導のもと、京都伝統産業
友禅染め工房の見学をする機会がありました。

 ご多分にもれず、着物の需要が減少し、従って‘染め’の需要も減り、
会社として存亡の危機に立ち、そこからみごとに立ち直った、すばらしい
ケーススタディでありました。
まず、着物:反物の染めを捨て、帯揚に特化する。 そのことにより身軽に
なってずいぶん楽になったとか。

そして更には,廃屋を改造し、古き良き風情を保ちつつ、若手の経営する新し
い‘アトリエショップ’モール、『繭』を展開しております。

そこは、すっかり空間的価値を失った廃屋を、出来る限り伝統的な工法を用い、
また、壊される寸前の民家の、一度は役目を終えた高品質の民具、建具、建材
を最大限利用し、そして、作業はプロだけでなく、減少しつつある京都の再生
に関心をもつ、建築、造園等を学ぶ学生たち延べ200名以上が、土壁の下地編み
古色塗装、レンガ敷き、造園など、ボランティアとして、積極的にかかわった
とのことです。

例えば、照明、その配線に至るまで、細かく気配りされた、その場所は、
ただいるだけで、実に、こころ休まる不思議な空間なのでした。

その一角に“摺込友禅”の技法を若い人に伝える“京友禅体験工房”を開設。
これが大ヒット。  ともすると忘れられがちな伝統工芸を、こうした形で
若い人たちに伝える‥‥‥これは、単にビジネスというだけではなく、立派な
、、というより、感動的な社会貢献であるように思います。 壁一面に張って
ある全国の小、中、高校生、一般からの喜々とした感謝状が、これを物語って
います。

“ようやく食べられるようになりました”と、控えめに語る元染色職人の社長
ですが、デザイナー、職人、ボランティア等、数多くの人たちを魅了したその
人柄に、そして、ここまでにされた隠れたご苦労に、思いを馳せるのでした。
この、いわば、伝統工芸から観光へのみごとな転身は、不況にあえぐ中小企業
再生のヒントにもなる、貴重なケーススタディでもありました。
このような機会をくださった小林一博先生に感謝、感謝の一日でした。

      アトリエショップ 『繭』:http://www.kyoto-mayu.com/
京友禅体験工房 『丸益西村屋』:http://www.kyo-komachi.com/index.html

たかはしたまご養鶏日記 No.027 2001年10月12日

写真:農場で、朝日をあびて
     10月12日 AM 6:30

最近話題の肉骨粉:もちろんたかはしたまごでは、今回の問題の起きる
         以前から使用しておりません。

 これは、牛、豚、ニワトリを食用に供するため解体処理して、最後に残った
残さです。 この度、この肉骨粉が狂牛病拡大のおそれがあるとして使用禁止
となりました。 

 そして、このことが業界、ひいては消費者のみなさまにも及びかねない大き
なモンダイが起きてしまいました。
それは、最終処理された製品(肉骨粉)の行く先がなくなってしまったことです。 
このことは、

 生体→可食部解体処理→残さ発生→処理(肉骨粉生産)→飼料として利用
  ↑                            ↓
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

のリサイクルの輪が途切れてしまうことを意味します。 それは、可食部解体
処理が出来なくなることを意味します。  即ち、国内では家畜等の食肉加工
が出来なくなり、輸入肉(牛だけでなはく、全てのお肉)だけとなります。
現実に、家畜がと場に出荷出来ず、農場に止め置かれる状態となりつつあります。
このことの是非は別にして、この状態が続くと、我々畜産業は死活問題となり
ましょう。 ワガたかはしたまごも例外ではありません。

また、飼料業界(ペットフードを含む)では、以前は動物蛋白のごく一部の代
替え(メインは魚粉)としてしか使われていませんでしたが、最近では、安価
ということで、動物蛋白のほとんどがこの肉骨粉を使用していたようです。
これらのほとんどが、肉骨粉から魚粉へと代わり、魚粉の相場が急騰しておりま
す。その結果、最終的には製品の値上がりとして、いつか、消費者のみなさまに
降りかかってくると思われます。

また、その他、たとえばスープ、あるいは隠し味に牛のエキスを使用した食品
等も、全品回収の行政指導が行われており、そのあおりを受け倒産する会社も
出るだろうといわれております。

しかし、これらの処置は、人間の安全のために、当然の処置といえましょう。

当面、行政の方で責任をもって買い上げ(肉骨粉を)、焼却処分する、という
コトだそうですが、昨日の新聞によると、多くの自治体でその受け入れを拒否
しているそうです。また仮に消却処分できたとしても、畜産だけにこうした税
金を使うこと、いつまでも続けるワケにはゆかなくなるでしょう。

いま、行政では出荷牛全頭検査に向けて全力をあげて準備中です。 検査態勢
が整い、国内の牛のすべて安全が確認された時点で、この、肉骨粉使用禁止が
解除される見込みです。

これが、いつになるのか、われわれ業界の今、最大の関心事なのです。

それにしても‥‥イギリスで狂牛病が発生し、肉骨粉が使用禁止になった時点
でわが国でも、ソク、使用禁止にすれば、おそらくはいまのような騒ぎにはな
らなかったと思われます。

行政の“対応の遅れ”が問題になるのは今回に限ったコトではありませんが。。。


 もっとも、冒頭に述べたように、私どもでは以前からこの肉骨粉は使用して
おりません。 安価ではあるけれども“おいしいたまごの素”としては、どう
も使う気になれないのですが。